15000部のチラシを足がもげるほど配って見えた、本当の「感謝」の話

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チラシ配りの写真

私のお店のチラシを30000部業者に依頼してポストに入れて配ってもらう選択肢もありましたが私はあえて自分の手で、自分の足で配り切ることを選びました。

結果からいえば、それは想像を絶する泥臭いさい作業でした。「足がもげそう」という表現は、決して大げさでも誇張でもない。

真夏には暑さで汗が滝のように流れ何度も目に入りは拭いての繰り返し一日に600部配ったこともありました。

真冬には手足がかじかみ、吐く息が白く染まる中で必死に指先を動かした真冬の寒さでのポスティング。

夜も時間帯を配慮しつつ少しでも配る、バイト終わりにそのまま100部でもいいから配るを日々。

早朝も一軒一軒配りまるで新聞配達をやっているようでした。

とにかくどんな状況でも、ただひたすらに自分の足で配り倒しました。なぜ、そこまでして自分の手で配り続けたのかというと配り始めたときはどこかで「少しでも集客に繋がれば」という効率や結果を求める気持ちがあったかもしれません。しかし、5000部、10000部と配り進めていくうちに、私の中で気づきだったり変化が起き始めました。

それはこの配っているどこかで仕事や家事でクタクタになって疲れ切っている人が必ずいるそんな人たちを助けられると思うようになってきたのです。この一枚の紙きれが、そんな誰かの目に留まり、ほんの少しでも心が軽くなったり、疲れた体を癒すきっかけになったりしたら。そう思う気持ちが強くなり寒い暑いもありましたが忘れるほどのエネルギーとなって湧き上がってきました。

そして、配り始めて問い合わせがあり一人また一人と来ていただけるようになりチラシ見て初めての利用者様がきたときは本当に嬉しかったのを覚えています。この人を絶対に感動させてやる!喜んでもらうにはどうしたらいいかなど考えていました。

この15000部を配ったうちのどこでどんな出会いがありご縁が繋がっていくかそれもワクワクしながら配っていました。

しかし、本当に凄まじかったのは、その先にある気づきでした。

「チラシを見に来てくれたから感謝する」「反応があったからありがたい」それだけではなかったです。

チラシを見てきてくれるか、来ないか。そんな目に見える結果や他人の反応に関係なく、ただひたすらに自分の足で街を歩き、想いを届け続ける中で、私自身の「感謝レベル」そのものが引きあがっていくのを肌で実感しました。

よく周りから業者に依頼したほうが早いんじゃないの?とか配って意味ありますか?と言われたことがありました。

これはやった人にしかわからない感じたもの見てきたことっていうのがあるのでやり方ではなく「在り方」の部分だとおもいます。

1年を通して結果は30000部発注し15000部配り最後まで配れなかったのが悔しいですがこの経験体力、反復するという強みを活かせれたのかなと思います。

2年目も初心を忘れず足を動かして泥臭く行動していきたいと思います。

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