イベント出店。その日の会場は、たくさんの家族連れや子供たちの笑顔で溢れ、熱気と活気に満ち溢れていました。
周囲を見るとどのブースの前にも人の列ができ、賑やかな声が響き渡っていました。楽しそうに接客する出店者さんと、嬉しそうにサービスを受けるお客様の姿がありました。
そんな光景の真ん中で、私のブースだけが、午前中から最後までポツンと取り残されていました。
行列ができるわけでもなく、誰かが足を止めてくれることすら一度もない。ただ時間だけが過ぎていくのを、笑顔を作りながらじっと耐える時間。
他のブースに並ぶ家族連れの楽しそうな姿をみるたびに、胸の奥を刺すような寂しさと、どうしよもない屈辱感が込み上げてきました。自分の提供しているものの価値すら否定されたような気がして、その場に立っていること自体が惨めっでしかたありませんでした。
椅子に座っていると主催者が私のところに現れ最後に子供たちとサッカーをやるけど一緒に参加しませんか?と声をかけていただきました。
そのとき私の頭の中に師匠の言葉がよぎりました。
誰もやらないことをやったほうがいい。という言葉がよぎり思いついたのが「足圧」という文字を書いたTシャツをきてみんなの前で出ることでした。

恥やプライドを捨てて足圧Tシャツをきて試合に出場。これが実際の写真です。
周りはかっこいいユニフォームをきているなかで一人だけ足圧Tシャツ。これを着て試合をしていました。
イベントが終わり、誰も来なかったブースを一人で片づける帰り道、沢山ある荷物を抱えながら悔しさと情けなさで心が押しつぶされそうになりました。
さかし、その惨めさのどん底で、ふと頭をよぎった言葉があります。元サッカー日本代表・本田圭祐さんの言葉です。
「谷はどんだけ深くてもいい。誰も経験したことのない谷を経験した人にしか高い山に登れない。こんな苦しいことお前らこんな経験したことないだろ。正面衝突していかないと次のステップにいけない」というその言葉が、ハッと胸に突き刺さりました。そうだ、今自分は「深い谷」の底にいるんだ。誰の目にも留まらず、何の結果も残せなかったこの屈辱。でも、この深さを味わった人間にだからこそ、これから登っていける高い山があるはずだと。
そう思った瞬間、悔しさは「次の挑戦へのエネルギー」へと変わっていきました。
別に、失敗したいわけではありませんし傷つきたいわけでもありません。今回の「0人」という結果を通じて痛感したのは、まだまだ挑み方が足りない、もっとやれることがあるという事実でした。挫折の数もまだまだ足りない。師匠から樋口さんにはもっと地獄をみてほしいもっと底辺を経験するといい。と言われたことがありました。この意味も痛い思いをして筋肉痛を繰り返して相手の気持ちがわかったり成長していってほしいという意味だと捉えました。
この「0人」という数字と、あの日味わった屈辱は、一生忘れません。過去に色々経験してきましたがやってきたことは恥じることなく、いつか高い山の上から振り返ったときに「あの谷があったから今がある」と胸を張って言えるための貴重なプロセスだと思っています。
どんどんチャレンジして失敗して成長していきたいと思っています。
またこのいくつかの経験を元に皆さんの前で講演会をやりたいとも思っています。話す場を作ってあげてもいいよという方はご縁がありましたらよろしくお願いいたします。少しでも皆さんのお役にたてれたらと思っています。
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